has gloss | jpn: 高岡氏(たかおかし)は日本の氏族のひとつ。 *【常陸藤原姓八田知家流小田知重支流】始祖高岡泰重より出る一族。(泰重は八田知家の孫。小田知重の五男) *【出雲宇多源氏佐々木義清流】始祖高岡宗泰より出て、のち出雲、備後、但馬に繁栄する一族。(宗泰は佐々木義清の孫。佐々木隠岐守泰清の八男)。後世小出秀家旗下の士、高岡氏(佐々木氏)はこの一族という。 *【丹後物部氏流高岳首後裔】始祖高岡貞望(さだもち)より出て、後裔高岡四郎貞躬が足利尊氏に従って勲功があり、丹後国与謝郡板並庄を賜い、丹後に移る一族。(貞望は饒速日命の後胤、物部麁鹿火(あらかひ)大連の男、物部磐弓(いわゆみ)連の支流、和泉国神別高岳首より出る一族という) *【摂津清和源氏多田院御家人】摂津国川辺郡多田庄の御家人にこの氏あり。1278年(弘安元年)多田院本堂上棟の時の多田院御家人に、高岡源四郎入道、高岡源次の名がある 。1316年(正和5年)10月13日に行なわれた多田院堂宇供養に、高岡源次、高岡紀四郎の2名が列席している 。1688年(貞享5年)8月多田廟社修復にあたり、高岡左近将監仲朝の11世孫高岡市左衛門源重直の署名がある 。子孫は現在の兵庫県川西市から三田市にかけて分流し、幕末の多田御家人にも「摂州川辺郡差組村住」の高岡市左衛門、高岡権左衛門、高岡慶介の名がある。 **出雲松江藩士の高岡氏もこの川辺郡多田御家人の分流で、高岡加左衛門を祖として、幕末の高岡此右衛門まで8代続いた。 **戦国時代、摂津国川辺郡浜郷(三反田村から難波村迄の付近、現兵庫県尼崎市)には、赤松氏配下の「難波七姓」と称される武将(広岡氏・小寺氏・高岡氏・木島氏、大江氏、奥島氏、行本氏等)がいた。1473年(文明5年)3月17日浜郷代官柚留木重芸(興福寺の寺僧)は、同郷の国代官に高岡弾正を任命... |